阿刀田高『コーランを知っていますか』

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新潮文庫、375ページ

今だからこそ理解を


この作家さんの名前をず~っと「あとうだ こう」だと思っていました。「あとうだ たかし」が正解なのですね。忍びない。
これまで、
ギリシア神話を知っていますか
旧約聖書を知っていますか
新約聖書を知っていますか
の3冊を読んできたのに、ず~っと。
というか、この作家・このシリーズを知ったのは、大学の授業中に教授がお勧めしていたからなのですが、その時に教授が「あとうだ こう」って言ってた気がするなぁ。
そこで初めて知って読み始めたんだから、そうじゃないとこの思い込みの理由がない。

という前置きはさておき。
パリで起こったテロ事件から2週間が経過しまして、事件はあちこちでいろんな形で波紋を広げています。
特に移民問題は各国で対応が分かれるなど、世間で大きな関心を集めていますね。
カナダは移民受け入れを表明した一方で、日本は移民受け入れ制度について国連からお叱りを受けてしまいましたね。

そんな移民問題の何が問題なのかというと、やはり「自分たちと違うものに対する恐怖、嫌悪感、不信感」というのが多少なりとも根底にあると思います。
その解決のためには相互理解が必要だ、というのが世間の定説であり、それが正しいとみんな思おうとしますが、それがなかなか難しい。

・・・というわけで今回このタイミングでこの本を読むことに決めました。いままでの3冊を読んでからこの「コーラン」だけを読まずに置いておいたのですが、今回の事件をきっかけに読まなければという義務感に襲われまして。
浅はかなきっかけですが読めて本当によかったです。

今までのシリーズを読んでいたので、阿刀田さんらしいわかりやすい語り口で読みやすいだろうなと思ってはいましたが、今回も改めてそれを実感。
軽快な筆致、非・ムスリムによる非・ムスリムのための文章だからこそ許される愉快なユーモア、独自の解釈、膨大な文化的知識量が垣間見える様々な映画・舞台などからの引用。
素晴らしい文章家です。

この「コーラン」を本当に100%アラーの言葉であると断じて論じるわけでもなく、だからと言って預言者マホメットの思想であるともせずに、上手にどっちの立場も認めながらバランスをとって書かれているなぁと感じました。
だからこそ宗教になじみのない我々日本人でも読みやすいのでしょうね。

印象的だった部分を幾らか抜粋しますと、

コーランの記述は、なにに似ているのだろうか。歴史ではない。伝記でもない。もちろん論文ではない。テーマを掲げ、推論をして結論を導く、という叙述ではない。  あえて言えば……率直な感想を述べれば、  
──親父の説教に似ているなあ──  
まあ、まあ、まあ、内容のことではなく、論述の方法において、である。しかも、これは経験豊富で、知識も広い、偉い、偉い親父の場合である。そこいらへんにいる、ただの親父に似ていると言うのではない。なにしろ相手は神なのだから……。



まさに先ほど述べたバランス感覚がなせる記述ですよね。

さらに、昨今の過激派テロ組織の行動も納得できる、このような記述。

いっときの不幸など、充分に耐えられる。今はドン底でもドンドンよくなる法華の太鼓、さほどのことではあるまい。コーランの思想では、現世のことなど、最後の審判へと続く全体のほんの一部にしかすぎない。たとえ戦場で死んだとしても、アラーのために戦ったのであれば、それは栄誉であり、未来の保証であり、少しも不幸ではない、という考えである。これこそがコーランを貫く理念であり、現代の聖戦という表現も、もちろん、この理念に裏打ちされている。



彼らの行動理念を理解するには、やはりこの経典の読み時が必要不可欠なのです。
もちろん、すべてのムスリムがそのような行動をとるわけではありませんが。
本書の後半では、いかにしてこのような経典が現代社会と折り合いを付けているのかについての解説もちょこっとされていて、それも非常に興味深かったです。
もちろんスンニー派、シーア派についての解説もあります。

また、今回のパリ事件の直後だけにすごく皮肉だと思ったのがこのエピソード。

話は横道にそれるが、アラビア半島を訪ねたフランス人が、 「フランスの三色旗は自由、平等、博愛を表わしてます」  と告げたとき、イスラム教徒が、 「それはイスラムの思想です」



成り立ちで言うと、イスラム教はキリスト教もユダヤ教も認めています。
宗教を理由に憎しみ合うことに皮肉さ、悲哀さを感じてしまうのも、やはり信じるものを持たない我々のこの「バランス感覚」ならではなのでしょうか。

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