夏目漱石 『坊っちゃん』

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青空文庫、91ページ

主人公の魅力にどんどん引き込まれる、日本古典の名作


親譲りの地頭の良さで子供の時から得ばかりしている。

というのは冗談で。
今回はこの名作を読んだ。1年で100冊ということは1か月に8冊は最低でも読まなければいけないわけで、1月もギリギリ8冊だった。
というわけで、こういう短い本も挟んでいかないと到底100冊は達成できなさそうだ。
今年の正月に二宮和也主演でドラマ化されてたのもあってのチョイスだ。
昨日読み終わって、そのあとすぐドラマも見たんだけど、結構よかったな。

去年の一番最後に読んだ本で、「文章は接続詞で決まる」というのがあった。
その中で、この小説における接続詞の使い方について、以下のような紹介がなされていた。

"・・・しかも、小説に使われている文学作品には非常に効果の高いものも見られます(原文ママ)。次の文章は、夏目漱石『坊っちゃん』(新潮文庫)からの引用です。作家の井上ひさし氏は、ここで使われている「だから」に「『日本文学史を通して、もっとも美しくもっとも効果的な接続言』という賛辞を贈りたい」(『自家製 文章読本』新潮社)と述べています。・・・"


この後にこの小説の一番最後の一節が引用されている。ネタバレではないので抜粋して書こうと思う。

"その後ある人の周旋で街鉄の技手になった。月給は二十五円で、家賃は六円だ。清は玄関付きの家でなくっても至極満足の様子であったが気の毒なことに今年の二月肺炎に罹って死んでしまった。死ぬ前日俺を呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めて下さい。御墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。だから清の墓は小日向の養源寺にある。"



この後にこの接続詞がなぜ素晴らしいのかという説明がなされるのだが、それはぜひ本をお求めいただいて(回し者ではない)。
最初この部分を読んだとき、この部分だけではこの「だから」の良さはわからなかったのだが、読み終わった今では「日本文学史を通して~」という賛辞もうなずける。
確かにこの「だから」については軽く10分はお話ができると思う。

この「だから」についてもそうなのだが、この小説の魅力はこの主人公のキャラクター、これに尽きる。
この無鉄砲で単純、それでいて義理だけは誰よりも深い、この男を通じてみる世界、これが痛快でたまらない。
こんな風に生きれたら、と誰もが思うだろう。
誰もがこの主人公に感情移入し、応援する。
だからこそ周りの教師との対立や「山嵐」との意気投合など、彼を取り巻く出来事に一喜一憂しながら読書を楽しむことができる。
その辺の読者の引き込み方のうまさはさすが夏目漱石!といった感じ。

以前読んだ「吾輩は猫である」に比べて文体も読みやすいし、何より短い。
まだ読んでいない人がいたらぜひ読んでほしい。

★★★★★
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