シング・ストリート 未来へのうた

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2016年
監督:ジョン・カーニー
出演:フェアディア・ワラッシュ=ピーロ、エイダン・ギレン、マリア・ドイル・ケネディ、ジャック・レイナー、ルーシー・ボーイントンほか
劇場公開中
★★★★★

これは君の人生だ、どこへでも行ける

人生で初めて劇場で2回見た作品。多分もう一回くらい見に行く。

<あらすじ>
1985年、大不況のダブリン。人生の14年、どん底を迎えるコナー。父親の失業のせいで公立の荒れた学校に転校させられ、家では両親のけんかで家庭崩壊寸前。音楽狂いの兄と一緒に、隣国ロンドンのMVをテレビで見ている時だけがハッピーだ。ある日、街で見かけたラフィナの大人びた美しさにひと目で心を打ちぬかれたコナーは、「僕のバンドのPVに出ない?」と口走る。慌ててバンドを組んだコナーは、無謀にもロンドンの音楽シーンを驚愕させるPVを撮ると決意、猛特訓&曲作りの日々が始まった-。


人はなぜ音楽を始めるのか。そこには必ず理由・動機が存在する。
女の子にもてたいから。何か表現したいことがあるから。音楽に救われたから。
この「シング・ストリート」という作品には、そういった音楽を始める瞬間の魔法のような瞬間が素晴らしい輝きを持って切り取られている。

バンドを始めるという決意、メンバー集め、初めての練習、初めての曲作り、初めてのPV撮影、初めてのライブ。
音楽をやったことがある人なら、あるいはどんな種類でもいい、自分を表現しようとしたことがある人ならこの主人公たちのエネルギー、そして成長していく姿に自分を重ねて見てしまうこと請け合いだ。

ライムスター宇多丸氏がラジオでそうだと認めていたように、世代的に見る人によっては自分と「完全に一致」しているように見える人も少なくないはずだ。

「音楽を始める瞬間の魔法のような輝き」は劇中で"Up"という曲を作っていく場面でこれ以上ないくらい生き生きと描かれている。

深夜にギター兼作曲担当のエイモンの家を訪れるコナー。「曲作ろうと思って」「いいね、やろう」と言う会話。
メロディに歌詞を載せて歌ってみて、「これいいね」と言う瞬間。
アコギで弾いたら絶対いい感じだよ」「ドキドキする」と初めて2人で合わせる瞬間。
そして他のバンドメンバーも合わせての練習で、音楽が広がっていく瞬間。
そしてその音楽の「広がり」が他者であるエイモンの母親にまで伝播し、彼女が踊りながら練習室を出ていく場面。
そしてその音楽はヒロイン・ラフィーナにまで伝播し、彼女は鏡の前で涙を流す。
この一連のシークエンス、時間にしておよそ3分ほどなのだが、ここにこの映画の、ひいては音楽の素晴らしさの核心が詰まっているといってもよい。

話は脱線するが、エイモンが出てきたのでエイモンについて。
コナー以外のバンドメンバーについてあまり掘り下げていないという点がこの映画の数少ないツッコミポイントだが、このエイモンというキャラクターは他メンバーとは違って若干立体感がある。
バンドに勧誘しに行った際に母親が言っていた「いつも1人でやってるんだもんね」と言うセリフから、彼はこれまで一緒に音楽をやる仲間を持っていなかったことがわかる。
しかし、この「シング・ストリート」(命名もエイモンだ!)結成後の彼は、自分の居場所、自分の才能を存分に活かせる場所を見つけた喜びで満ち溢れている。それが画面越しに伝わってくる。
そんな彼をコナーは信用しているし、エイモンもまたコナーを深く信頼している。
最後のライブシーンでバラードをやろうと言い出し他のメンバーから反発を食らったコナーが最後に判断を仰いだのはエイモンだったし、エイモンもそんなコナーを見て「やろう」と言った。
居場所がなかった人たちがバンドを通じて居場所をみつける、というのは他のメンバーも同じなのだが、作品の中ではこのエイモンがかなり味わい深く描かれていて、僕の中ではかなり大好きなキャラクターになった。
ライブには女の子が来る、と聞いて二つ返事でライブに出ようと決めるシーンなんかはサイコーだ。

他のメンバーもいい感じに垢抜けておらずサイコーだ。
あのバンド名を決めたあと小屋から出てくる場面でスローモーションになるが、あそこでの芋臭さが素晴らしい。
マネージャー役の彼の絶妙な訛り加減と未熟さもいい味を出している。

主人公・コナーの成長物語としても十分楽しめるこの作品だが、見たものの心をつかんで離さないもう1人のキャラクターがその兄・ブレンダンであろう。

「学校の勉強をしなきゃ」と言うコナーに対して「これが学校だ」と言い切りロックを教える兄貴、ブレンダンは中盤まではバンドについての意見やアドバイスをくれる「いい兄貴」として描かれているが、両親の不仲が頂点に達したある夜、ついに本音を吐露する。

自分が長男であり、自分がこの抑圧された家庭において常に先頭に立って「密林を切り開いてきた」という自負、そこをただついてきただけの弟・コナーが恵まれ、評価されていることに対する半ば嫉妬のような感情。弟という身近な存在だからこそ打ち明けることのできなかった兄の最大の苦悩。これが明かされることで映画は最後のカタルシスに向けてぐるりと展開する。

そしてあの最後のシーン。「歌詞を書いたんだ、いつか曲をつけてくれ」と渡したあの歌詞が最後に流れる"Go Now"(Adam Levine)だと気がついたとき、流れ出す涙を止める方法はもはや残されていない。


「すべての兄弟に捧ぐ」とエンドクレジットで描かれるまでもなく、「兄弟」と言うのが裏テーマとして描かれている。そしてそれによってこの映画は一回りもふた回りも厚みを増している。

両親の喧嘩の最中、音楽をかけて3人で踊っていたこの3兄弟。3人に幸あれ、と劇場をあとにする人は皆心の中で願うことだろう。

そして言うまでもないことだが、とにかく音楽が素晴らしい。サントラのアルバムレビューをそのうち書きたいと思っているので、音楽の話はまたその時に。では。


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