ビリギャル

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2015年、117分、日本
監督
土井裕泰(『いま、会いにゆきます』『涙そうそう』)
出演
有村架純(『ナラタージュ』『3月のライオン』『何者』)
伊藤淳史(『フィッシュストーリー』)
野村周平(『サクラダリセット』『ちはやふる』)
吉田羊(『SCOOP!』『ボクの妻と結婚してください。』)
田中哲司
ほか

<皆さんの点数>
Yahoo!映画:4.05/5
Filmarks:3.8/5
みんなのシネマレビュー:7.04/10
IMDb:7.5/10

<ぼくの点数>
40点

不健康な価値観の押し付け、自己矛盾もたいがいにして

なんとなく匂いでわかる「ダメそうな映画」ってあるじゃないですか。この映画とかまさにそれなんだけど、なぜかビデオ屋さん大賞受賞してたりとか、評価が高めということもあって見てみました。でもAmazon Primeになかったらみてないかも。どうだろ。

たしかに、ここで描かれている「一人の挑戦するひたむきな姿勢が周囲の人間さえも巻き込んでいく」という現象自体は素晴らしいことだし、テレビ局が作る映画らしい情報量の詰め込み方(セリフが多かったり、ものすごくフィクショナルなキャラ造形など)も、そこまで酷くはなかったし、最後はフツーに感動してしまう。
でも、この映画のことは全面的に認めてはいけないと、脳の一部が黄信号を発していて、それの原因を探るのには数時間の思慮が必要でした。

でもその原因はものすごくシンプルで根本的なものでした。
それは、「大学合格=ゴール」という極めて一面的なものの見方が、作品の中でずーっと貫かれているという点です。
主人公が慶応大学を目指すきっかけは単なるネームバリュー。それはそれでよくて、その後からやりたいことを見つけていけばいいんだけど、そういう描写は一切ない。ただ単に合格を目指すだけ。クライマックスの演出も明らかに「合格か否か」という部分だけに集中していて、的をそこに絞ってるのがバレバレ。

本当に大学生をやっている身から言わせてもらうと、彼女のように大学に入ることが目的で受験する人なんて一番の「バカ」であって、たぶん普通に成績の悪いギャルなんかよりもタチが悪い。
やりたいことがない、という彼女の根本的な悩みは最後まで解決されることがなく、そもそも「手段」であるべき受験勉強がもはや「目的」になってしまってる。
転校すれば、私立の女子校に行けば、環境が変わるかもしれない。そうして現状から逃げ続けていたあの頃と一緒。この映画を通してこの主人公は全く成長をしていないのです。
こういう勉強バカばかりが大学を目指すようになったのだからこの日本では・・・という話はここでは省略しますが、とにかく醜い学習姿勢であるのは確か。

そしてこの作品中ずっと主人公は勉強をしてこなかったことで「クズ」呼ばわりされているわけですが、それに対する復讐が「勉強だけ」というのも不可解。
結局「勉強しないやつ=クズ」という定式はこの映画の中で覆らないわけで。たぶんこの主人公みたいな奴こそがまたこの定式を押し付ける立場になるんだよ。「勉強が私を変えたんだ、だから勉強は絶対にしなきゃダメ!」みたいな感じでね。
その定式ごと覆さなければ、それは復讐ではない。彼女もただその定式に「加担」しただけ。
あの野球からドロップアウトした弟(それ自体はいいお話)に模試の結果を見せるくだりとかまさにそれ。野球がダメだったらなに、もう勉強しか居場所はないの?

つまり、主人公は何も成長していないし、言ってることも元々はびこっている「学歴至上主義」の補強にしか過ぎないわけで、何も言ってないんですよ、この映画は。

追加で悪口を言うと、吉田羊演じる母親の過保護具合はマジで最悪ですね。胸糞悪い。よく考えればお前が諸悪の根源だろ!たぶん。
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